[HOME] [全国] [近畿] [和歌山]

紀三井寺競馬場

他の名称
所在地 旧名 和歌山県海草郡紀三井寺町
現在 和歌山県和歌山市紀三井寺
開設時期 明治41年ごろ
主催者 愛馬家有志(解説時、後に和歌山県愛馬会)
和歌山県畜産組合連合会(大正15年〜)
和歌山県(昭和23年〜)
馬場 延長 1,000m
幅員 18〜23m
廃止時期 昭和63年
廃止理由 成績不振
現状 県立医科大学、同附属病院

 

 紀三井寺競馬場の歴史は古く、明治41年ごろに愛馬家有志によって、紀三井寺塩田地に競馬場を設けて競馬を実施したことに始まる。その後、順次施設整備を行い、和歌山県愛馬会の主催賭して競馬が行われた。

 大正15年に和歌山県畜産組合連合会へ権利が移管され、昭和2年10月に地方競馬規則に基づく地方競馬を開催した。

 昭和13年に地方競馬規則が廃止され一時中断、昭和21年に復活し昭和23年から和歌山県営として引き続き競馬が実施されたが、その運営は決して芳しいものとは言えず、昭和50年代から累積赤字が膨らみ、近畿圏最古の競馬場もついに昭和63年に廃止されることとなった。

 

 紀三井寺競馬が廃止され、跡地には県立医科大学と附属病院が移転されることとなった。

 平成11年4月に移転が完了し、立派な病院が完成していた。

 かつての競馬場の名残はほとんど残されておらず、完全に更地にした後に現在の施設が作られている。
 キャンパス内の施設案内板。上の写真は案内板上部のロータリー付近。

 敷地の概観はかろうじて見ることができるが、敷地の中には馬場の跡も含めて、名残を見ることができない。

 大学関係者用の駐車場(上案内板の左部)。この外周を競走馬達が駆け抜けていたはずだ。
 附属病院の正門前にある、塩田跡の記念碑。決して競馬場の跡とはしていない。負の歴史をひた隠しにするような、物悲しい記念碑だ。
 附属病院の正面玄関前。かつてここにスタンドがあった。

 もちろん、ここにも記念碑はない。近くにいたおばあちゃんが「立派な病院が出来たねぇ」と嬉しそうだったが、「昔ここに競馬場があったんや。記念碑でも残しとけばええのにねぇ」と、すこし寂しそうに語ってくれた。

 外周を廻ってみた。
 競馬場敷地をそのまま医大施設に転用しただけあって、コーナーカーブの名残が見られる。

 写真はかつての1コーナーの外周の路地。

 続いて、2コーナー付近からバックストレッチの外周付近を望む。

 競馬場の喧騒とはほど遠い、のどかな生活道路だ。

 外周路を歩いていくと、馬運車を発見した。和泉ナンバーなのは、春木競馬からの名残だろうか。

 用済みで放置されているのかと思いきや、目新しい車両もあり、明らかな家畜臭が漂っていた。JRAや兵庫県等で現役で活躍しているのかもしれない。