花園競馬場
| 他の名称 | − | |
| 所在地 | 旧名 | 大阪府中河内郡英田村 |
| 現在 | 大阪府東大阪市 | |
| 開設時期 | 大正15年 | |
| 主催者 | (徳島県)板野郡畜産組合 | |
| 馬場 | 延長 | 不明 |
| 幅員 | 不明 | |
| 廃止時期 | 大正15年 | |
| 廃止理由 | 認可取り消し | |
| 現状 | 近鉄花園ラグビー場 | |
花園競馬の起こりは大正14年ごろから、大阪電気軌道(大軌、現在の近畿日本鉄道(近鉄)奈良線)が社用地に競馬場の建設を計画した事に始まる。
大軌は競馬場開設の認可を受けるに際し徳島県の板野郡畜産組合と共同して競馬開催の認可を申請、大阪府はこれを許可した。しかし農林省は他県の畜産組合が競馬を開催することに難色を示し、この認可を取り消した。
結局、大正15年2月21日から3日間競馬を開催したとの記録があるが、この一回限りで廃止されたとみられる。
なお、昭和2年には大阪馬匹畜産組合が花園での競馬開催を申請したが、同組合の所在区域外であったことを理由に却下されている。